都市の「違うレイヤーを見る」というレッスン

 一気に読んでしまった。これはかなり面白い本だ。

ゼロから始める都市型狩猟採集生活
坂口 恭平

「都市型狩猟採集生活」と著者が呼ぶのは、いわゆる路上生活、ホームレスの生活のことだ。この本は、着の身着のままでお金も仕事も家もないという、完全にゼロの状態から都市で生活していくための方法を伝授する、という体裁で書かれている。衣服、食事から始まり、寝床(段ボールハウス)、仕事、そして公園や河川敷での家づくりまでが、取材を元に実践的・具体的に説明されていく。。のだが、その過程とはつまり、衣・食・住、労働、家…といったものの本質をいったんゼロから
問い直してみるという作業でもある。
「何も持たないでも生きていく方法がある」と著者は言う。比喩的な表現ではなく、文字通りにそう言う。なぜなら、海の幸・山の幸に代わる「都市の幸」があるから。資本主義の消費社会が必然的に排出する余剰・ごみを狩猟・採集することで、衣服も食料も家も家財道具も、生業のための商材までもがすべて(それもとてもきれいなものが)調達できる。したがって、都市では無職・無一文でも生活していくことが出来るのであり、路上生活者たちはそれを日々実践しているというのだ。
 都市は完全に管理されている、とわれわれは思い込んでいるけれども、それはあるルールや権力構造の中に囚われた状態で見ればそうなのであって、都市に対する視線の「解像度」を上げて、都市の違うレイヤーを見れば、そこには生きていくために必要なあらゆるものが見つけられる。ラジオのチューニングを変えるように、同じ都市を見ていても、創造力を極限まで発揮すれば、そこには尽きることのない都市の幸が転がっているのだという。
 そんな都市の幸の最たるものが「土地」ということになる。言うまでもなく資本主義経済の根幹をなす財のひとつだが、東京で今でも自由に家を建てられる土地として、ここでは多摩川と荒川の河川敷が紹介される。「この二つの場所では、今、新しく家を建てたとしても、事実上、誰からも何も言われない」と著者は書いている。
 改めて言われてみると、これは本当に衝撃的な事実ではないだろうか。確かに住宅ローンのために一生働き続ける人がいる一方で、土地も建材も無料で調達して快適な家を手に入れている人たちが事実として存在している。われわれが属しているシステムの外側に出ると、まったく別の地平が広がっている。。
 もちろんこれをいざ実践するとなると相当の覚悟が必要だろうが、都市の違うレイヤーを見る、という視点に気付かされるだけでもとても刺激的だと思った(ちなみに著者は2009年に実際に多摩川生活を体験しているそうだ)。