あの交差点に、小さな本屋はあったか?

「環状2号と釜利谷道路が交差する角には、
本当は昔小さな本屋があったのさ」
  三輪二郎と言う人のCDを買ったら、こんな歌詞が出てきた。
  驚いた。歌を聴く前に歌詞カードで先に気付いたのだが、見た瞬間に、それは間違いなく、僕が知っていたあの
釜利谷道路(ただしくは笹下釜利谷道路だ)と、環状2号というのは屏風ヶ浦の駅の横を通ってたあの道のことだとわかった。
  でもなんだか信じられなくて、GoogleマップとWikipediaで確かめてみたが、やっぱりそうだった。
  もう20年以上も前のことだけど、学生の頃、僕は横浜市の笹下という、町外れの少しくたびれた(←当時)住宅地に住んでいた。笹下の真ん中を通っている道が釜利谷道路で、この道は金沢文庫につながっていた。その金沢文庫の近くに、僕が通っていた大学があった。
※おっと、この原稿は最後まで単なる個人的なノスタルジーの話しか出てこないので、ご注意ください。
  そうだ、僕が住んでいたのは笹下の笹下荘という木造二階建てのアパートで、関の湯という銭湯を使っていたんだった。関の湯は釜利谷道路沿いにあって、同じく釜利谷道路沿いのレンタルビデオ屋と、夜11時で閉まる正真正銘の「セブンイレブン」に寄って部屋に帰るのだ。
  「環状2号と釜利谷道路が交差する」のは、打越の交差点と呼ばれていたところだ。そこは普通に考えて、歌に出てくるような場所ではまったくない。横浜なら本牧だとか山下町だとか山手だとか、いや、上大岡とか戸塚と比べたって、そこには歌になるようなトピック的要素はなにもない。単にマイナーな県道が交差しているだけであり、周囲は古い家と新しい家が交じった何の変哲もない住宅地だ。
  つまりこの歌は、恐ろしくプライベートな場所と記憶を歌った歌であって、だからこそふつうこの歌を聴いた人は、自分にとっての「環状2号と釜利谷道路」を頭に浮かべることになる。しかし僕の場合はそれが、文字通りの「環状2号と釜利谷道路」になってしまう。引き出しから、古い鍵が出てきたような感じがする。
  この歌が三輪二郎の実体験をベースにしていると仮定した場合、彼は76年生まれだそうだから、そんな彼が世界怪奇現象の本やビニ本を買っていたのだとすると(そういう話が歌に出てくるのだ)、僕が笹下に住んでいたころに、打越の交差点にはまだ、その小さな本屋があったことになる。そこに小さな本屋があったかどうか、僕は覚えていない。思いだそうとすると、あったような気がしてくるのだけど、でもそれはいまになって僕の頭が捏造した記憶のような気も大いにして、よくわからない。
  歌のタイトルは「たんぽぽ書房」という。「打越 たんぽぽ書房」で検索しようかと一瞬思ったが、なんとなく気が引けて、やめておくことにした。
  笹下荘の部屋を引き払って以来、僕はいちどもあのへんに行ったことがない。二十数年ぶりに、ひとりこっそり行ってみようか、という気もしたり、そんなこと本気で考える俺も相当な俗物だなと自省したりする。
  いろんな記憶が、いもづる式につぎつぎ頭に浮かんでくる。どうしようか。
※井口啓子さんがOOPS!の連載で三輪二郎について書いていた↓。

レモンサワー
三輪二郎