第5回 神聖かまってちゃんのNHK出演で考えたこと

3月28日(日)の深夜、NHKの音楽番組「MUSIC JAPAN」に神聖かまってちゃんが出演した。
といっても、俺は生で視聴したわけではなく、翌日になってツイッターのログをたどっていて皆がやたらざわめいているのを発見しただけなのだが。こういう事件性のある映像はすぐYouTubeにアップされるので(すぐ消されるけど)、遅ればせながら視聴した。
神聖かまってちゃん「ロックンロールは鳴り止まないっ」
これはざわめくわ。
ある程度情報を持った状態で視聴してもかなりの衝撃だった。
出演することを知らずに視聴したかまってちゃんのファンは驚いただろうし、
何よりかまってちゃんの存在を知らない人間が、深夜にいきなりこれを見た時の衝撃はかなりのものだったのではないか。もちろんその衝撃には嫌悪感も含まれるのだろうけど。
かまってちゃんもすごかったが、なによりこのバンドを出演させ、(収録だったにも関わらず)最後のMCまで放送したNHKがすごいと思った。
こういうテレビは久しぶりに見た。
久しぶりに見たということはかつては見ていたということでもある。
改めて振り返ってみると、今のテレビからは「事件性のある音楽」がほとんど消え去ってしまっている。かまってちゃんの出演で、そのことを図らずも考えさせられた。
かなり事務所の思惑に左右される度合いが高くなっているのだろうが、まだ音楽番組には「いい音楽」を流したいという良心は残っていると思う。NHK「SONGS」やフジの「僕らの音楽」なんかはモロに「いい音楽聴かせるよ!」という制作者の意図が出ている。
でも、「わけのわからない音楽」は確実に昔よりもテレビに出てこなくなった。
評価が定まっていないもの、どう評価したらいいかわからないもの、視聴者の反応がまったく予測できないもの。そういう音楽を久しくテレビで見ていない。本来、テレビにはそういう「新しいもの」を世に問う機能があったはず。もちろん、その大半はそのまま消えてしまうのだけど、中にはそれをきっかけに大きく成長を遂げるミュージシャンも出てくる。サザンオールスターズはその好例で、今でも『ザ・ベストテン』に「勝手にシンドバッド」で初登場した時のことを克明に記憶している人は多い。スチャダラパー著『ヤングトラウマ』にも、当時小学校で「昨日のアレ見たか!」「なんて言ってたんだ!?」とさんざん話題になったことが記されている。
テレビも音楽も、ジリ貧になればなるほど、「相手に受けそうなもの」を志向するようになるけれど、「相手に受けそうなもの」の中にはまず「新しいもの」は入ってこない。結果的にそれがさらなるジリ貧を生み出していると思うのだけれど。
そういう状況を打破したいという気概を、かまってちゃんのNHK出演に感じた。
まえだ・たかひろ●こないだ渋谷で観た韓国映画『息もできない』の余韻がまだ体に残っている。早くも今年のベスト確定。もう一度観にいかねば。