フラット化するラジオ

 ラジオ(AMとFM)をネットで聴ける「radiko」がけっこう盛り上がってるぞというニュースが流れていた。
 僕は世代的にも深夜放送に夢中になった世代の最後のあたり(オールナイトニッポンに鶴光もタモリもたけしもいた)だし、BCLにハマったことがあるし、NHK FMのエアチェックで音楽ファンになったのだし、ワカモノだった時分にFM横浜やJ-WAVEが開局したりもしたので、ラジオにはけっこう愛着のあるほうだと思う。いまも毎朝6時半から9時ぐらいは自宅ではラジオかけっぱなしになっている。
 なので、こうやってラジオがサバイブする努力をしていることについては肯定的にとらえている。のだけど、
ラジオがネットで簡単に聴けるようになる、ということにはたぶん二つの面があって、新しいリスナーを獲得したり、ラジオを聴かなくなった人たちにもういちどラジオを聴いてもらうというメリットの半面、ネットに乗っかってしまった以上、そこでは「電波」を流す免許を持った事業者という特権は消滅してしまい、ラジオとネットラジオやポッドキャストとの本質的な違いはもはやコンテンツの品質ということに尽きてしまう。
 もちろん、ラジオ局はそんなことは承知の上で、それでもネットに出さないよりはネットに出したほうがメリットがあると判断して出してきたのだろう。
 現状では、ネットラジオやポッドキャストと既存のAM・FM局とでは番組のクオリティには圧倒的な格差がある。でもその背景には、許認可事業ということでラジオコマーシャル料という富が限られた数の事業者に独占されていたということがあった。ちゃんと予算がかけられるから、それだけのクオリティの番組が流せる。そしてそのノウハウや人的リソースが蓄積・継承されてきた、ということがある(テレビも同じ構造だけど)。
 リアルの世界では広告売上がネットに抜かれるなど、メディアとしての存在感が弱まっていて、ネットというフラットな空間では「免許」で守られることがない。そんな環境下で本気でサバイブするなら、これからラジオ局はコンテンツの品質と、これまでに築いたブランド力や組織力でサバイブしていかないといけなくなる。
(もっともコンテンツは音声に限定する必要はないだろうけど)
 たしかにまだ当分は、ラジオ局並みのコンテンツを流せる非ラジオ局事業者というのは出てこないだろう。
(というか、ラジオのような時間軸を埋めていく番組構成のコンテンツを投じようという発想自体、ネットではあまり出てこないかもしれないけど)
 それに、radikoにはまだリアルのラジオのプロモーションあるいは実験というニュアンスが見てとれて、片足しか突っ込んでない感じがするけど、ただそれでも後退は、もうできない気がする。
Photo: [JP] Corrêa Carvalho – يوحنا بولس’s