新しいものが広がれば、世界はもっと面白くなる / 日日ノ日キ

文化系の読者に人気の「日日ノ日キ」。そこに並べられた作品や言葉は、どれも新しい刺激に溢れている。作者の吉田アミさんに話を聞いた。

テキスト:前田(Spoo! inc.

*今回はこのブログの大ファンである前田(ネット探偵団の影のブレーン)が新日の海賊男乱入のような感じで川崎に代わって担当します。

 さて、ブロガーから執筆活動をスタートして、現在はライターや小説家としても活躍中の吉田さん。複数のフィールドで書くことについてはどう意識しているのだろうか。

「紙のメディアとブログは、完全に分けてますね。ブログは何かの紹介とか日記とか、感想を中心に書いてます。ネットは誰がどういうものを求めているかわからないから、『こうだ』と断言したような文章は反感を買いがち。なので私は読者を不愉快にさせないように、『好き』なことを積極的に書くようにしています。簡単に『正しい』『悪い』の判断は書かないよう気をつけたり。評論や物語ははっきり書かないと表現として曖昧になっちゃってつまんないから、紙で書くようにしてて、そっちはもう全然フォローも言い訳もしない。ネットなら後で訂正もできるけど、紙だとそこで終わりですしね」

 「日日ノ日キ」のひとつの特徴は、まだ評価されてない作品を掘り起こしてきて、その良さをうまく表現しているところにある。そのモチベーションはどこから来るのか。

「ネットで『批判的な意見を受けてこそ作品は良くなる』って言う人がいますよね。でも私はかつて批判的なことを書かれて良くなったって人を見たことないんですよ。漫画のあとがきでも、みんなほめられたことしか言わない。批判的なことを言われて、それに対抗してプラスの方に行くことってないと思うんですよね。

作り手が意図していなかった部分まで読み解いて感想を書くような、”プロの受け手”がもっと増えてほしい。私はそれをブログで示したいんです。今は批判が一つのスタイルになってるから、作り手と受け手が戦ってるんですよね。そうじゃなくて、作り手の世界観を受容して、その中から答えを見つける作業を楽しんでブログをやればいいと思います。

100%いいものなんて、たぶんない。なのに、作り手に過剰に期待して『100%じゃないからダメだ』と言ってる人が多い。その中に、何%かの自分が良いと思ったことを見つける方が楽しいのに。完璧に自分を満足させてくれるのがいいとなると、もうジブリみたいな大作しかなくなっちゃう。新しいものって完成度が決して高くはないから、それでしか経験できない要素を積極的に評価するようにしてます。作品のクオリティの高さって、たくさん見てれば誰でも良し悪しは判断できるんですよ。だけどそれがなぜいいかというのは、なかなか言えない。私はそっちを言いたいんです」

 これだけ明確な意図があるからこそ続けられるのだろう。批判まみれのブログなんて、後から読み返したときに不快になるだけかも。

「老後は印刷した自分のブログを見て、『良いこと言ってんなぁ』と思いながら生きていくつもりです(笑)」

Profile: 吉田アミ
前衛家・文筆家・音楽家。超高音ハウリング・ヴォイス奏法の第一人者。2005年より雑誌やブログ「日日ノ日キ」などで執筆活動を開始し、2007年夏、太田出版より処女作「サマースプリング」を発表。

日日ノ日キ
カルチャー系のイベントや作品の感想を中心に、日々の雑感をつづったブログ。