WIRED VISION/江坂健編集長

アメリカ発のデジタルニュースや、独自の視点で組まれたコラム・特集記事で人気を博したウェブマガジン「HotWired Japan」。その後継マガジンである「WIRED VISION」が5月24日に正式オープンを迎え、大きな話題を呼んだのは記憶にも新しいところです。今回は、「HotWired Japan」と「WIRED VISION」双方の立ち上げに携わった江坂健編集長にご登場いただき、「”アカルイ未来”の創造力」というコンセプトの持つ意味や、「WIRED VISION」の”未来像”についてお話しいただきました。

インタビュー:川崎和哉(Spoo! inc.
テキスト:小林邦昭(Spoo! inc.

▼地球環境の危機だけを煽るメディアの姿勢には疑問を感じています

川崎:まずはWIRED VISIONのオープンおめでとうございます。HotWired Japanの停止から1年間大変だったと思いますが、再開までの経緯を教えてください。

江坂:HotWired Japanの更新停止にはいろんな事情があったんです。大きな要因はアメリカのLYCOSがWired Newsの権利を出版大手のConde Nastに売却したことです。この1年の間HotWired Japanを再開する企画をいくつかの企業からいただいたんですが、タイミングなどの問題もあって、結局、うまくいかず、その後、WIREDVISIONという新しい会社の設立に参加して、Conde Nastと契約を結び今に至っています。

川崎:Wired News無しで新しいメディアにするという選択肢は考えなかったんですか。

江坂:ここ1年更新を停止して改めて感じたのは、アメリカにはけっこう面白いニュースがあるんだけど、それが必ずしも日本には入ってきていないということです。Wired Newsの持つ個性が日本のメディアでは見られないので、それを広める意義もあるだろうし、受容してくれるユーザーもいると考えています。その部分をベースにして、徐々に分野を広げたり、新しいコンテンツ配信の可能性を探りたいと思っています。

川崎:キャッチコピーである「”アカルイ未来”の創造力」のコンセプトを教えてください。

江坂:WIREDブランドは”先進的”であることが重要なんだろうと思っています。HotWired Japanではテクノロジーがメインテーマのひとつでしたが、その他に社会性というテーマも持っていました。それを”オルタナティブバリュー”と称しエコロジーやNPOを積極的に紹介していたのですが、HotWired Japanを創刊した1997年当時は、そうした考え方はメインストリームとはいえず、なかなか理解されにくい状況でした。そこから時間を経て2000年以降になりようやく、IT+エコロジーは普通の感覚になってきたかなと。エコロジーがこれだけ一般的になってきた現状ですが、「地球の未来が危うい!」という危機感だけを煽るメディアの姿勢には疑問を感じています。

90年代は21世紀になると何かが変わる、という世紀末感のようなものがありましたよね。ノストラダムスの大予言などで若い頃からすり込まれていたといいますか。でも21世紀になると、時代とは世紀末で一区切りされるものでなく過去から連綿と継続するもの、という感覚が強くなってきました。過去を否定して今があるのではなく、これまでに培った英知や歴史の上に成り立っているんです。

最近のエコロジーをめぐるメディアの取り上げ方からは、江戸時代の生活は美しいとか、縄文時代を見直そうとか、産業社会を否定しがちな傾向を感じます。だけれども、文明が進歩するにつれて餓死する人が少なくなり、一般人の教育水準が上がっているのも事実で、世の中は少しずつ良くなってきているともいえるんじゃないでしょうか。

僕たちに必要なのは自分たちが今いる場所を正しく認識することだと思うんです。そうすることで次のステップに繋がる。地球環境が危ういのであれば、まず現状の分析をして限りあるリソースの有効な使い方を考える。そういった行為が”アカルイ未来”に繋がるのではないかと思っています。

メディアから頻繁に流れる危機感を煽る情報はウケがいいからだろうと思います。インパクトがありますから。でも、そういう情報ばかりでは、若者は将来に希望が持てなくなる。例えば、数十年後に多くの都市が水没するのであれば、今の生活を改善しようとは思わないですよね。その前に、将来に希望を持ったり、障害を乗り越えることをイメージするのが重要だと僕は考えています。

▼WIRED VISIONでは「言葉どおりの意味でのライフハック」がひとつの大きな柱です

川崎:江坂さんもいわれているようにエコロジーやロハスなど、当時はオルタナティブだった価値観が今やメインストリームとなり、ここ数年で環境問題に対する関心が高まってきましたね。

江坂:時代が自分の予想したとおりになってきたことを嬉しく感じる一方、環境問題がファッションのようになることの危うさも感じます。それに環境問題は異を唱えにくいもので、反対するのもはばかられる。誰も反対できない故に次のステップを誤ると遠回りになる可能性だってあると思います。それに問題は、環境だけではないですし。今は、環境問題を冷静に考える余地がなくなっているように見えますが、持続可能な地球を目指すには現状を正しく理解する必要があると思います。

WIRED VISIONのひとつの柱を経済学にしようと思っています。経済学は、人がどういうインセンティブでどんなアクションを起こすのかを考える学問だということです。次にするべきこと、将来の地球の目指すべき方向を段階的に考えるには有効な道具になります。経済学の考え方やロジックを皆で共有し、一緒に現状を分析して次のステップを考えませんか? というスタンスを示せればいいかなと思っています。ただ、キャッチーなインパクトに欠ける可能性はあるので、一見、地味になるかもしれません。しかし、僕らの考えを理解してくれる人たちも増えていると思います。

川崎:確かに昨今のエコロジーという言葉が持つインパクトに比べると地味ではありますね。それをひとことで示すキーワードがあるといいのではないでしょうか。「ライフハック」という名称がついたことで、日常生活の改善術があれだけ広まったように。

江坂:HotWired Japanで、ここ数年、密かなテーマとして「言葉どおりの意味でのライフハック」、といっていました。一般的にいわれている、仕事の改善術や生産性向上のためのそれではなく、人生そのものをハックするという意味です。ハッキングとは、まず現状を分析して問題を把握する。そして、その問題を改良するために何をすればいいのかをよく考えて、実際に自分で行動すること。これを人生や社会にも応用させてみようということです。「ソーシャルハック」といったほうがわかりやすいのかもしれませんね。僕はライフ、ソーシャルをハックするには経済学と法律がツールとして最適だと考えています。ただ、ハッキングという言葉の前提になっている考え方が理解されていないと、なかなか伝わりにくいんですよね。

▼編集者が介在して記事を作成する従来のコンテンツ配信とは、別の方法を目指しています

川崎:HotWired Japanでは過去のオンラインマガジンにはないデザインを目指していましたが、それはWIRED VISIONでも引き継いでいるんですか。

江坂:HotWired Japanを始めたときは、ウェブ上で新しいクリエイティブを試すことが楽しいし、意義のある時代だったと思います。今はニュースを読むにしても安定したフォーマットができて、広く認知されているので、そこをあえて変えるつもりはありません。デザイン面は落ちついた感じにして、記事ベースで読みやすくソーシャルな機能をどのように拡充していくかに力を入れたいと思っています。以前よりもカルチャー色を抑えて、ビジネスマンに自分の人生や社会を考えつつ読んでもらいたいと考えています。

川崎:ソーシャルな機能というと、登録制のサービスにするつもりですか。

江坂:そのあたりは徐々に考えています。特定の指向を持ったWIRED VISIONの読者同士で、コミュニケーションが生まれ、その中から生産活動が生まれるようなサービスを作りたいですね。また、ソーシャルニュースも日本だと数が少ないのでいずれやりたいと思います。アメリカであれだけ盛り上がっているサービスが日本では普及していない。アメリカではニュースに対してリンク、トラバを貼って、しっかりとしたコメントを述べるブログが数多くありますが、日本ではまだまだ少ない。そんな背景の違いが出ているように思いますね。あとは、ソーシャルニュースではないのですがTechMemeのようにプログラムが自動で評判のブログ記事を提供するサービスもおもしろいですね。

川崎:海外のTechMemeユーザーと、日本でのはてなブックマークのユーザーは同じような層ではないですか。

江坂:そうですね。ソーシャルブックマークとして不特定多数の人間が、ニュースやおもしろいサイトをピックアップしているのがはてなブックマーク。本来の利用の目的は別だと思いますが、結果的に重なる部分はありますね。ただ、従来のソーシャルブックマークでは補えない、隠れた需要がソーシャルニュースにはあると思うんです。また、TechMemeのようにソーシャルに頼らないニュースサービスは、プログラムエンジンを作れば他のサービスにも応用できます。編集者が介在して記事をアウトプットするという従来のコンテンツ配信とは、別の方法があると思っています。

川崎:今後、人的リソースを費やすメディアは成立しにくいと考えていますか。

江坂:極端ですが、完全に個人に特化したネットコンシェルジュという方向性はあると思います。分野とサービスを限定して、ターゲットを絞り込んだサービスです。また、ブランディングやイメージ広告の展開はまだネットに移っていないと思います。以前は鬱陶しく感じたのですが、FLASHの技術が洗練された今ではモニタを雑誌の見開きページのように見せる方法を使えば、全画面で商品イメージを伝えられるんです。従来のバナーとは比べものにならないインパクトがあります。インターフェイスは、ユーザーの慣れの問題なので、まだこれからも可能性があるんじゃないでしょうか。こういった誌面は、人手をかけて作り込む必要がありますね。